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    福島の母親の不安

    福島に診療所を開設してから10か月経ちました。
    地震や津波の被害を受けた人たちがいろいろな病気で診療所に訪れると思っていましたが、オープンしたら予想に反して、原発事故の放射線被ばくによる子供の甲状腺がんを心配して来院した親が多かったのにはびっくりしました。福島の人たちは原発事故の恐ろしさを、チェルノブイリの事故によってもたらされた健康障害から学んでいたのです。とくに子供の甲状腺がんについてはチェルノブイリで多かったので大変心配しています。実際福島で事故後2年6カ月で18人の子供の甲状腺がんが発生しています。にもかかわらず福島県健康管理調査委員会は「福島の甲状腺がんは原発事故による放射線の影響とは考えられない」と公言しています。こんなことを言ってもも福島のお母さんたちはもはや信じていません。
    事故によって放射能がばらまかれているのは現実ですから、事実を隠ぺいするのではなく安心できるような対応をすることではないでしょうか。 診療所はこれからも頑張ります。

    福島の子供の甲状腺がんが12人に

    福島県民健康管理調査検討委員会は6月5日に、18歳以下の甲状腺がんが12人、がんの疑いがんが15人になったと発表しました。そして「現時点で放射線の影響とは考えられない」という見解も示されました。その根拠に、チェルノブイリ原発事故に起因するとみられる甲状腺がん発見されたのは事故後4~5年以降であったとしています。
    それではチェルノブイリ原発事故が起きた1986年から1990年の間に甲状腺がんを発見する手段があったでしょうか? 甲状腺がんを早期に発見するのに最も適しているのは超音波診断装置ですが、チェルノブイリ周辺の地域は当時はソ連圏ですから診断装置があったとは思えません。
    私が超音波診断の仕事を始めたのは1980年頃です。その頃の装置は現在のものとは違い、がんを早期に発見診断することは困難でした。現在の装置に近い装置が開発されたのは1990年以降です。したがってチェルノブイリ原発事故以後の5年間に甲状腺がんが発症していても発見されなかったと考えるのが自然です。発見されたとすれば触診でわかるくらい大きい(3cm以上)甲状腺がんだっと考えられます。
    チェルノブイリ原発事故の5年後から甲状腺がん増えている事は明らかになっていますが、5年以前に甲状腺がん発症していなかったとするのは正しくありません。診断装置の進歩、歴史を知らない人の発言です。

    福島の悲劇を輸出するのか

    安部首相がロシアや中東を歴訪しました。
    その目的はそれらの国との友好を結ぶことだったのでしょうが、外交には必ず下心があるものです。それは石油を日本に輸入する保証を取り付けることですが、しかし安部首相は恐ろしい事を行いました。それは原発をそれらの国に輸出することを取り付けた事です。
    そもそも原発で用いられている核物質は人間や自然を破壊します。また核物質は種類によっては何万年も残るものがありますから、使用済み核燃料の後処理は人類の生存にかかわる問題になります。したがって原発は事故がなくても危険なものです。ましてや事故が起きれば多くの人が被曝し、死をまねく恐れがあります。
    日本では福島の原発事故の処理が全くできておらず、放射線廃棄物の処理、放射線汚染物質の処理についての見通しも立っていません。放射線物質の処理が地球上のどこでもできないにも拘わらず原発を建設しようとする人達は一体何を求めているのでしょうか。それは富です
    安部首相は、アベノミクスという訳のわからない事を言って日本の経済繁栄を強調しています。
    そして大変危険な原発を中東の国に売り込もうとしています。中東の国の人達が放射線に被曝しても、日本が儲かればいいと思っているのであろうか?こんな首相は殺人鬼としか思えません。
    今、日本人がやらねばならない事は、人類を滅ぼす恐れのある原発を地球上からなくす訴えをすることです。

    喜寿

    4月17日に77歳、喜寿を迎い、仲間や弟子たちに祝ってもらいました。
    いろいろ想い出しながら、久し振りの顔、顔、顔、弦楽演奏あり、しみじみと楽しい3時間でした。
    若い時は70年以上生きられるとは思っていませんでしたが、いつのまにか77年たちました。その間にいろいろなことがありました。第二次世界大戦では親子が別々に生活をしなければならなくなり、終戦後は住むところがなくなったり、父親が職を失ったりしました。
    現在、福島の原発事故で、戦後に私が体験した事と同じようなことが起きています。戦争は多くの人が反対しても防ぐことが難しいかもしれませんが、原発は地元や周囲の人たちが反対すれば建設を阻止することが可能だったでしょう。しかし残念ながら日本中に54基の原発が建設されてしまいました。その結果日本中に放射能がばらまかれました。
    福島では原発の事故が起きたため、高い放射線量によって多くの人が被爆していると考えられます。これからの人生をそれらの人達の健康管理に捧げよう、皆に祝ってもらい新たに決意しています。
    良い人間に囲まれ、ありがたいことです。

    市川団十郎の死を悼む

    歌舞伎役者の市川団十郎さんが2月3日に亡くなり27日に葬儀告別式が行われました。
    団十郎さんは2004年に白血病に罹患し、抗がん剤による治療を繰り返していましたが、幸い寛解(白血病が殆どなくなる)して歌舞伎の公演を度々行っていました。2007年にはパリで公演し好評を博しました。
    私は子供のころから歌舞伎に興味があり、見に行っていました。しかしどうしても納得いかないことがあり不満を感じていました。それはその他大勢の役者(大部屋役者)はどんなに努力しても主役になれないという歌舞伎界の風習です。大根役者でも名門の生まれなら主役になれるという世襲制度に不満を抱いていました。
    ところが団十郎は19歳の時、父11代団十郎が亡くなり生活の糧や歌舞伎の指導者を失ってから奮起したそうです。生前のNHKのインタビューが放映されましたが、そこでいくつも感動した話がありました。「白血病の治療は大変だったでしょう」に対して「今生きていられるのはおまけです。辛いことがなければ人生ではない。その結果今がある」。白血病の苦しい治療を経験した人がこのような事を言えるのにはびっくりしました。
    歌舞伎については、「かぶく」とは、「頭を傾け、まっすぐではなく偏っている様。すなわち人生を斜めに構える」こと、したがって「荒事」の根本精神は、弱気を助け悪ををくじく勇気だとのこと。
    100年後へのメッセイジとして「庶民の助けあう精神は江戸時代からあり、まさに歌舞伎の役割はそこにあるので、100年先にも存続することを願っています」 感服!! 
    惜しい役者を失い残念でなりません。 団十郎さんのご冥福をお祈りします。
    プロフィール

    松江寛人

    Author:松江寛人
    がん総合相談センター院長

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